いのくまさんの人生をトレースするように。

刈谷市美術館で開催中の猪熊弦一郎展に家族と出かけた。今回の企画展は、絵本『いのくまさん』になぞらえられた展示になっていて、美術館初心者や、子どもたちにも親しみやすい内容になっている。
ひとりの芸術家の企画展を観る楽しみは、たくさんの作品を一度に鑑賞できるだけではない。荒削りな初期から、経歴を重ることで変遷し、深みを増していく作品。芸術家に寄り添うように順路を進むのはいつもワクワクする。今回の猪熊弦一郎展もしかり。パリ、ニューヨーク、ハワイ。マティスやピカソ、マーク・ロスコ。そのときどきの場所で、あるいは芸術家の影響を受け、猪熊さんの作品がダイナミックに変化していく様子は、彼といっしょにその人生を旅するようで感慨深い。
また猫や鳥の線画など親しみやすい作品も、幼少のころの作品や落描きから垣間見える類稀な才能や、ひたむきな努力の積み重ねを知ると、細い線一本一本に重みを感じる。簡単そうに見えて、簡単ではないこと。誰にも描けそうに見えるけど、描けない線なのだ。
今日日、パソコンやデジタルカメラなどの道具は、どんどん使いやすくなり、創作活動の敷居は随分低くなった。しかしコツコツと作り続けながら、自己の可能性を伸ばし続けていくことは決して容易ではない。猪熊さんの作品を通じて、ひとりの芸術家の生き様を感じることができたらと思う。そして物質的には恵まれ、なにかとイージーでラクチンな生活を送る子どもたちが、ひたむきに真剣に取り組むことの大切さを感じ取ってくれたらと願う。

刈谷市美術館 猪熊弦一郎展『いのくまさん』